習い事も大切、でもそれだけじゃない 「余白」が育む子どもの主体性

 昔と比べて、最近の子どもたちはますます忙しくなっています。習い事や塾、スポーツなど、毎日予定が詰まっている子どもも少なくありません。もちろん、どれも子どもの成長を願う保護者の思いから選ばれているものであり、決して悪いことではありません。しかし今、学校教育の世界では「余白」の大切さが改めて注目されています。

 現在議論されている次期学習指導要領の改訂では、知識を多く教えることだけでなく、子どもが自ら考えたり、友達と話し合ったりしながら学びを深めていくことが重視されています。この学びを実現するための一つの要素として「余白」が必要とされています。ここでいう余白とは、何もしない時間や無駄な時間ではありません。誰かに与えられるのではなく、子ども自身が考え、選び、試してみることのできる時間のことです。

 例えば、放課後に校庭で子どもたちが遊んでいる姿を見ていると、発想の自由さに驚かされることがあります。最初はサッカーをしていたのですが、途中からドッジボールをしたいという子とサッカーをしたいという子が出てきました。「別々のグループで遊ぶのかな」と見守っていたところ、子どもたちはなんとサッカーとドッジボールを組み合わせた新しい遊びを考え出したのです。ゴールもあり、ボールを手で持つのも蹴るのも自由、さらに人に当てることもできるという、大人では思いつかないような斬新な遊びが生まれました。大人が遊びを決めたり、ルールを指定するのではなく、自分たちで「次はどうしよう」「このルールにしたらどうなるだろう」と対話を重ね、遊びを発展させていました。

 主体性は、大人から教え込まれて身につくものではありません。自分で選び、自分で決め、自分で試してみる経験の積み重ねによって育っていきます。しかし、生活のすべてが大人によって計画されていると、子どもは「次は何をするの?」と指示を待つことに慣れてしまいます。反対に、少しの余白があると、「何をして遊ぼうかな」「これをやってみたいな」と自ら考える機会、換言すると、余裕が生まれます。

 もちろん、習い事や塾なども、経験の幅を広げるという意味で重要です。ただし大切なのは、予定を詰め込むことではなく、子どもが自分で考えたり、遊びを生み出したりできる時間を意識して残しておくことです。

 何をしようかと考えたり、試してみたりする時間は、子どもが主体的に学ぶ力を育てます。また、時には暇で一見無駄に思える時間も、物事についてじっくり考えたり、新しいアイディアを生み出したりする大切な時間になります。忙しい毎日だからこそ、子どもも、そして大人も、自分らしく過ごせる「余白」があるかどうか、一度立ち止まって考えてみることも大切なのかもしれません。

 

この記事を書いた人

松山東雲女子大学准教授

鏡原崇史氏

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広島大学大学院修了(博士〈教育学〉・公認心理師)。専門は発達心理学および特別支援教育。 療育施設で障がいのある子どもの支援に携わったのち、発達段階に応じた支援法や療育プログラムの開発に取り組む。 現在は松山東雲女子大学で保育士・幼稚園教諭養成の科目を担当しながら、保育所・幼稚園・こども園や小学校などを巡回し、 子どもたち一人ひとりの発達に即した助言や支援を行っている。 愛媛県特別支援教育専門家チーム委員、松前町子ども・子育て会議委員も務める。